久しぶりにブログを書こうと思ってアプリを開いたら下書きが保存されていて…IMG_2170





あの日の僕は一体何を語りたかったのでしょうか…。

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そんな話はさておきご無沙汰しております。シンガーソングライターの朝日駿です。

ギター、買いました。Gibson J-45(1960年代仕様)。
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ギターを弾き始めて彼此20年。これまで恐らく20本以上はギターを買ったり売ったりしてきました。そのほとんどが5万円〜10万円位のギターだったと思います。本場であるアメリカ製のものですと20万30万が当たり前の世界ですから、僕が今まで使っていたものは所謂「安ギター」(又は中古品)。気に入らない箇所は自分で修理したり改造したりしながら使って来ました。

ギタリストなら誰もが思うように、中学生高校生の頃の僕も「いつかはGibson!いつかはMartin!」と思っていました。共に100年以上の歴史を持つアメリカの由緒正しいギターメーカーです。

これまで何度か高いギター買ったろ!と楽器店等で試奏したりしてきたのですが、「今試奏しているこの30万円のギターは、僕が持ってる5万円のギターの6倍良い音がするか?」と考えると決してそんな事は無く、そう思うとなかなか購入に踏み切れませんでした。

ある日ふと思いました。

「俺、このままGibsonもMartinも弾かないまま死ぬ」

そう思うとなんだかとても自分のギター人生が虚しいものになってしまいそうな気がして、何ヶ月も楽器店に通い何本も何本も弾き比べて、遂に出逢えた一本でした。

Gibsonを抱えて弾いて歌う。それだけでギター弾きとして、歌うたいとしての喜びに満ち溢れます。

前述の通り過去何本も安ギターを修理・改造して「値段に見合わない良い音」のギターを作り上げて来た自負のある僕ですが、この感動だけはやはり由緒正しいものを使う事でしか味わえない。…かも知れない、と思いました。

やはりこのJ-45も自分でメンテした5万円のギターの6倍良い音はしません。(最近の安ギターはクオリティほんと高いっす。素晴らしい事だと思います。)

コストパフォーマンスで言えば「Gibsonはコスパ悪い」かも知れません。では何故僕は今までコスパは高いハズの安ギター達を売ったり買ったりしてもやもやし続けていたのか?多分ですけどロマンの塊のギターに「コスパ」という概念を持ち込んで向き合っていたからです。

時に、でいいと思うんですが、時に人は「コスパ至上主義」を捨て去る事も、人生において大切なのではないか?と僕は考えます。





しばらくは泣きながらローンを払い続けるハメになりました。

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同じ理由で今までコスパ重視で穿いていたユニクロのジーンズを全て捨て、Levi'sのジーンズを買い大切に穿くようになりました。

高校生の頃の価値観に戻っただけなんです。高校生の頃、店先に憧れのカッコいいジーパンが売ってる→何ヶ月もバイト頑張る→お金が貯まったら買う→ダメになるまで何年も大切に穿く。っていう学生生活でした。

大人になって、コスパなどという言葉を覚えてからはバカバカしいと思っていた事。そんな苦労しなくても低価格で気軽に「消費するファッション」が出来る時代に突入し、僕もそのコスパの良さに酔っていました。

おっさんになって、ガキンチョの頃の価値観に戻っただけ。でもなんか人生にハリが出ました。金は無くなったけど。
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Levi's 501CT、別に高い物ではないけど着用すると丁寧なズボンだなぁという印象を受ける。

伸びるピチピチのスキニーじゃなくて100%のコットンが愛おしいお年頃になりました。

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追記:Gibson J-45は(1942年当時の貨幣価値)で45ドル、当時は「Martinより安い、コスパの高いギター」でした。ついでに言うとLevi'sも単なる炭鉱夫の為の破れないズボンだった訳で。こうなってくるともう自分自身何が言いたいかよく分からなくなって来ました。要は…ロマンなんだよ…。